慰謝料とは
慰謝料とは、財産的損害に対して、非財産的な精神的損害、無形損害と説明されています。 その算定は、損害の大きさの客観的測定や証明が困難であるため、最終的には裁判官が諸般の事情を斟酌し、 その公平な自由裁量に委ねられることとなりますが、 紛争予防の観点から、裁判外でも慰謝料の金額の予測を立てやすくするために基準化が進んでいます。 基準化は実務の要請により進んできましたが、一方で、どのような事案も十把一絡げに解決させようとする風潮も生みだしています。 事情によっては、基準以上の金額が認容されることもありますので、基準にこだわらずに訴訟による解決を選択したほうがよい場合もあるでしょう。
慰謝料請求権の法的根拠は、不法行為については民法第709条および第710条、債務不履行については民法第416条が根拠法令となります。
交通事故における三つの慰謝料基準
交通事故の慰謝料は、その目的により三つの計算基準が存在しています。
自賠責保険基準
自賠責保険の慰謝料は、一定の金額に通院期間や日数より導き出した数字を乗じて計算するようになっています。 つまり、4200円×日数という計算式になります。 自賠責保険の支払基準というのは、自賠責保険という強制保険を迅速かつ公平に支払うための簡易な計算方法に過ぎず、法的に妥当な損害賠償額の計算方法としては適切ではありません。 現実に発生している事故は、打撲程度の軽症事故から、重度後遺障害を残すものまでさまざまですが、自賠責では、こと傷害についての慰謝料といえば、 入院通院慰謝料として打撲であろうが脳損傷であろうが骨折であろうが同じ金額を基に計算が行なわれます。従って、個々の事情に照らして考えるべき 損害賠償請求という意味では、自賠責保険の入通院慰謝料の計算方法は、全く合理的な根拠を欠いたものということができるのです。
自賠責保険の支払基準で損害賠償額の計算をすることは、妥当ではないでしょう。
任意保険基準
任意保険各社の支払基準は、概ね横並びの傾向にあるといえますが、それぞれ独自のものであり、 必ずしも統一的に運用されているわけではありません。一番重要なツールとして、入院期間、通院期間に応じて慰謝料がいくらになるかをまとめた表があります。これは通院よりも入院の慰謝料は高額に設定したり、 受傷直後の慰謝料は高額で、入通院が長期化するにつれ金額が逓減していく方法が採用されています。これはかなり昔から弁護士基準でも採用されているのと同じ考え方です。 この慰謝料表に機械的に当てはめた金額を提示される場合が多いですが、重症の場合は、その1.1倍とか、 1.3倍の金額で提示を受けることもあります。任意保険の慰謝料基準は、 任意保険会社が損害賠償請求権者である被害者に慰謝料金額を提示するのに用いられており、弁護士基準に比べると当然のことながら低い金額に設定されています。 本来は訴訟手続や厳密な立証なしに『簡易、迅速に』損害賠償金を支払うための基準であると思われますが、 保険会社は損害額が明らかにこの基準を上回るような事案であっても、被害者に対してはこの基準を大義名分のように振る舞い、 低額の損害賠償額で示談を締結しようとすることが常態化しています。
任意保険会社の支払基準により計算された損害賠償額は、妥当なケースもありますが、一般的には低額に抑えられています。
弁護士基準
弁護士会が発表している基準です。民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(通称赤い本)、交通事故損害額算定基準(通称青本)と呼ばれている本に詳しく書かれています。 これも慰謝料表を中心に、重傷度を勘案して慰謝料を算定します。金額は任意保険の基準に比べると高い金額です。 しかし、裁判で基準とされる金額ですから、高いという表現を使うより、「適正な額」という言い方をするほうが適しているでしょう。 表の基準のみにとらわれることなく、諸事情を勘案して妥当な金額を算定することが望まれますが、表の示す慰謝料の基準が重要であることに変わりはありません。 弁護士基準は、被害者側が任意保険基準での慰謝料金額に不服がある場合などに適正な金額の算定根拠として利用されています。 裁判上の請求でも弁護士基準を参考に金額が算定されます。
被害者の立場の人は、弁護士基準で計算をするのが一般的です。
基準の持つ意味
慰謝料は精神的損害に対する賠償金です。痛みによる苦痛、後遺症による不便に より強いられる苦痛、通院で時間を奪われる苦痛、社会生活上の支障に対する苦痛などを慰謝するためのものと考えられています。 痛みへの耐性や社会生活への支障の程度などは、人によって大きな違いがあるはずですが、そうした主観的苦痛の程度をケースごとに評価するのは困難です。 そのためいくつかの客観的な指標によって慰謝料が計算できるように、基準化が進んでいます。
基準は一応の目安でしかありません。「平均的な事例ならこれくらいの金額を目安に考える」という位置づけのものです。 法律で「こういう場合はいくら払え」というように決められた規定ではないのです。 ですから一切の事情を勘案し、平均より苦痛が小さいと考えられれば、基準以下の金額となる場合もありますし、 苦痛が大きければ、それ以上の金額の請求も自由にできます。しかし、基準が100万円の場合に300万円を請求しても 加害者は払わないでしょう。 基準が存在するために比較的容易に円満妥当な解決が可能になっているといった事実を無視すれば、いたずらに解決を困難にするだけです。 基準とおり、もしくはそれ以上の金額を請求するには、それ相応の理由を説明する必要があるでしょう。
※自賠責保険は基準とおりにしか支払われません。
基準に振り回されるな
交通事故の慰謝料算定基準は三つあります。自賠責保険、任意保険、弁護士会(裁判)の基準です。 被害者が最初に示されるのは、大抵の場合、任意保険基準で計算された慰謝料です。 ところがこれは弁護士基準と比べるとかなり低い金額になっています。ここで被害者は不満に思います。 「事故で大変な思いをしたのだから、弁護士の基準で払って欲しい」ところが保険会社としてはなるべく出費を抑えたいので、 簡単には要求に応えません。「弁護士基準は、弁護士が介入して裁判になったときのものです。当社としては任意基準でしかお支払いできません。」 と返事が返ってくるだけです。 これは正しい説明とは思えませんが、被害者はどう反論すればよいかわからず、これだけのことであきらめてしまう人が多いのです。
保険会社では、次から次へと大量に発生している事故の保険金支払いのため、被害者側からは必要最低限の情報しか収集せず、 なるべく簡単に事故査定を行って自社基準で支払額を計算します。任意保険基準とは「任意保険会社はこの金額でしか払えない」というものではなく、 「細かい立証はできなくても、これくらいの損害は発生しているでしょうから、これならすぐに支払いますよ。」との意味合いだと理解しておきましょう。 きちんとした手順を踏めば、たいていの場合は任意保険基準に拘らない金額を支払ってくれるものです。
被害者は知識を持たないがために「基準というよくわからないもの」に振り回されてしまっています。 基準という立派な道具が目の前にあっても、それを使う技術を持っていないがために、かえって無用の長物となってしまっているのです。 正しい技術(知識や手段)をもって交渉に当たれば、裁判をしなくても弁護士基準の慰謝料を受けとることは可能なのです。
慰謝料の相場
慰謝料の本質は精神的な損害と考えられることから、その金額を客観的な指標によって合理的に説明することは難しくなります。 ある出来事が起きたときに、その人にどのような不快、怒り、絶望、悲しみなどの感情が湧き起こったのか客観的に知りうる方法がないからです。 慰謝料額を決めるに当たっては、最終的には裁判官の裁量に委ねられ、裁判官はその理由を説明する必要もないとされていますが、 慰謝料の算定にもある程度の客観的な指標がないと妥当な金額の予想が立てにくく、紛争を助長する可能性があること、 同じような事件でも裁判官によって慰謝料の金額に大きな開きができる可能性があることなど、 法的安定性という面でも好ましくありませんので、以前から基準化が進められているのです。
そのようなわけで慰謝料の算定に関しては、相場に基づく判断が必要となってくるわけです。 慰謝料の算定基準は、入通院、後遺障害、死亡と、その性質ごとに弁護士会などから基準額が示されており、それらの基準自体が相場を示す算定根拠となっています。 そして、大部分のケースは基準を正しく理解したうえで適用すれば、妥当な慰謝料金額を容易に導き出すことができます。 慰謝料の算定基準を正しく理解することが、慰謝料の相場を知るための第一歩と言えるでしょう。
慰謝料の基準額と相場の関係
慰謝料の基準というものは、絶対的なものではありません。たとえば弁護士会で作成している赤い本に、14級の慰謝料は110万円と書いてあるから、 裁判をすれば100人中100人が110万円で認められるかというと、そうではありません。基準はあくまでも目安でしかないのです。 110万円が認められる場合には、やはり相応の根拠が存在します。14級でも障害が軽度と思われる場合は90万円程度が妥当と考えることもできるでしょうし、 特に重いと考えられる場合は、110万円以上の金額が妥当と考えられることもあるでしょう。 相場額は基準を参考にして最終的に導かれた金額の分布範囲ということになるでしょうが、 その金額は、ケースバイケースではあるものの、弁護士基準の8割から10割程度になることが多いです。
相場額を請求するには
保険会社は弁護士基準と比べれば、低額の金額提示をしてくるのが普通ですので、 それに不満があれば、被害者としてはそれ以上の金額を支払ってもらうために交渉を行うことができます。 しかし被害者として請求できる金額には大きな幅があり、明確ではありません。 相手方と話し合いによる解決を前提にして交渉する場合は、いくら請求すればよいか迷うところでしょう。 赤い本などの基準額を「赤い本に書いてあるから」という理由のみで主張しても、保険会社は簡単にかわしてきますので、 相場を理解しないままに、また、請求根拠を明確にしないままに高額な慰謝料を請求をすれば、話し合いは保険会社有利に進行することとなります。 円満且つ妥当な解決を望む場合は、相場を理解し、周到な準備をした上で交渉にあたることが大切です。
適正な金額は人それぞれ
慰謝料は精神的な損害に対する賠償金ですので基準化は容易ではありませんが、現行の基準では主観的な精神的損害に重きをおかず、 法的安定性などの面を重視して客観的な評価にとどめて基準化しています。すなわち、同じ怪我で同じ通院期間、同じ実通院日数であれば、 加害者を憎んでいようが、逆に加害者が誠意を尽くしてくれており慰謝料などいらないという内面的感情を持っていても、 保険にさえ入っていれば、同じ金額がある程度自動的に支払われるような仕組みになっています。
個人の価値観は皆異なり、誰もが賠償金をより多く得ることが利益の全てと考えているわけではありません。 必ずしも最大金額を得ることのみがその人の最大の利益を実現する事になるとは限らないのです。 裁判をすれば最大限の金額を得られる可能性が高いような事案でも、実際には裁判を望む人もいれば望まない人もいます。
慰謝料請求に対する負のイメージ
「慰謝料を請求する」。一般にはあまり縁のない言葉です。いくらくらいが適当な金額なのかわかりにくい面もあるため、奥ゆかしさを美徳とする風潮のある 日本人にとっては、「慰謝料を請求する」というのは、ある種の苦痛を伴う行為なのかもしれません。 交通事故の保険金請求に携わっていますと、様々な年齢層の方と接する機会がありますが、高い年代の被害者様ほど、この点を気にされているように感じます。 慰謝料の増額請求をすることに、ある種の後ろめたさを感じていらっしゃるようです。
ある程度少なめの慰謝料で合意される事は、そういった個人の考え方もありますので否定するものではありませんが、妥当な金額に程遠い金額しか提示されていないのに 示談をしている方がいらっしゃるというのは、損害賠償に対する知識不足や身近な相談先が思いつかないことも原因とおもわれますが、任意保険会社の人がそんなに少ない 慰謝料の提示をするわけがない、という思い込みがあることも一因になっていると思います。
被害者のお話を聞いておりますと、何百万円も低い提示をされている可能性が高い人も、しばしばいらっしゃいます。ホームページの慰謝料表を見ていただいても、 ご年配の方ほど「いくらなんでも、そんなには・・・」と、 疑いと不安の混じった返答を返していらっしゃいます。様々な詐欺が横行している世の中ですから、「都合の良い話」に警戒感を抱かれるのは当然のことですが、 自分に都合の良い話をして、被害者に低い賠償金しか支払おうとしていないのは、保険会社の方なのです。「奥ゆかしさ」に、つけこまれないようにしてください。
例えば、裁判をしてみて、最大限に勝って認められる金額を100としますと、70とか、90といった程度で合意できればいいと考える人が多いと思います。 ところが保険会社の提示は60だったり40だったりするのです。妥当な慰謝料請求をすることは、決して恥じるべきことではありません。
被害者が金銭を求めるのは正当なこと。むしろ払い渋る方が不当
金銭賠償が原則となっている以上、失われた時間や将来にわたる苦痛を慰謝するには、やはり金額で示してもらうしかありません。 特に介護を要するような重篤な後遺障害などが残った場合は、生半可な知識で安易な示談をすると取り返しがつかないことにもなりかねません。 「慰謝料目当て」などという言葉がありますが、これは不当な方法で慰謝料を増額せしめようとする事を指すのであって、 法的に妥当と考えられる範囲内で最高限度の権利を主張することは、何ら恥らうべき事ではありません。堂々と請求すべきだと思います。 大切なのは、無責任な周りの意見に流されず、どのような解決方法をとるのかは、自分で決めるという事です。
慰謝料は一つだけ。二重取りはできません
『自賠責の慰謝料のほかに、相手の任意保険からも請求したいのですが・・・』 『相手の任意保険の慰謝料とは別に、加害者にも慰謝料を請求したいのですが・・・』こういったご相談をしばしば受けることがあります。 交通事故損害賠償の理解の難しさがこのようなご相談をいただくことによってよくわかります。 被害者の立場から見ると、加害者、自賠責保険、任意保険と請求先が複数あることが、このような誤解を招く一因となっているようです。
自賠責保険や任意保険は、加害者が負担しなければならない損害賠償金を、代わりに払ってくれるにすぎません。 ですから、慰謝料は一つしかなく、三者のいずれかから全額賠償を受けることができれば、 同じ損害について他の者から支払を重複して受けられるということはないのです。
任意保険と自賠責保険の関係
自賠責保険と任意保険の関係も、両方の保険があるからといって賠償金が多くなるという関係にはありません。 自賠責保険では最低限の保障がされ、任意保険では、自賠責では不足する分を上積みして補足的に支払うといった役割があり、二重取りはできないのです。
例えば、ある交通事故で、法的に妥当な慰謝料の金額が50万円だったとします。この場合、被害者は、加害者に対して慰謝料として50万円請求できることになりますが、 通常は次のいずれかのパターンで支払われます。
- ①加害者が保険を使わずに50万円払う。この場合被害者は、自賠責にも任意保険にも慰謝料の請求はできません。
- ②自賠責保険から慰謝料が50万円支払われた。この場合被害者は、加害者本人にも任意保険にも慰謝料の請求はできません。
- ③自賠責で30万円、任意保険から20万円慰謝料が支払われた。この場合被害者は、加害者に慰謝料の請求はできません。 誤解を受けやすいのは、次のような場合です。
- ④自賠責で30万円、任意保険から10万円慰謝料が支払われた。この場合被害者は、妥当な金額に10万円届きませんので、 その10万円を任意保険か加害者に請求できます。請求が認められても 両者から重複して支払ってもらうことはできません。一般的には加害者ではなく、任意保険会社に請求します。
慰謝料についてのQ&A
Q1 重い後遺障害が残りましたが、加害者に誠意が見られません。保険とは別に、加害者から慰謝料を取ることはできますか。
法律上支払わなければならない損害賠償額については、十分な保険がかけてあれば任意保険会社が支払ってくれます。 加害者に対して特別な出費を求めたい気持ちはわかりますが、これを強制することはできません。
Q2 慰謝料請求の法律上の根拠はどんなものですか。
民法第710条に次のように規定されています。『他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、 前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。』
Q3 自分の過失の方が大きい場合でも、慰謝料の請求はできますか。
例えば自動車対歩行者の事故で、歩行者の過失が8割程度であるような場合でも慰謝料を請求することはできます。 自賠責保険の支払範囲を超える分は過失相殺がされますが、相手方にも過失がある限り、慰謝料の請求権自体がなくなるということはありません。
- ▼ 事例・判例
- □相手方保険会社より「そちらの過失が8割くらいなので、当方では対応できません」といわれた事案で、当事務所で被害者請求を行い、 後遺障害が第14級と認められ、自賠責保険が全額支払われた事例。
Q4 子供の事故で多大な精神的苦痛をうけました。その分も請求できますか。
お子さんが事故に遭われた場合は、親として心を痛めることは当然ですが、被害者本人以外に慰謝料が認められるのは、 被害者が死亡した場合や、死に比肩するような後遺障害を負った場合などに限られています。それ以外のケースでは親という立場での慰謝料請求は認められない可能性が高いでしょう。
Q5 夫運転の車に同乗中、自損事故で怪我をしました。慰謝料は請求できますか。
あなたが自賠法上『他人』と認められる場合は、自賠責保険に慰謝料も請求できます。あなたがその車を通常支配しているような状況の場合は、 『他人』と認められない場合もあります。任意保険の対人賠償保険は、約款で親族間の事故の場合は保険金は支払われないと決められていますので、 自賠責以外の部分の請求は難しいでしょう。
Q6 まだ治療中ですが、生活が厳しいので、慰謝料を先に支払ってもらうことはできますか。
示談前に任意保険会社から慰謝料を受け取ることは原則としてできません。 このような場合は、後遺障害等級認定の申請を被害者請求にして、損害賠償金を早めに受け取ることもできます。
Q7 ギプスをしている期間の慰謝料は、入院と同じに計算するのでしょうか。
長管骨などにギプスを装着している期間は、自賠責では実通院日数としてカウントされます。自賠責以外では 実際の支障を考慮し斟酌されます。ギプスをしていたからといって、入院扱いされるということではありません。
慰謝料の斟酌事由・個別事情の反映
「事故後加害者は一度も謝りに来ず、誠意が全く感じられない。」「事故後の通院のせいで、楽しみにしていた旅行の計画を変更した。」 「会社を休まざるを得ず、会社に大変迷惑をかけた。出世にも影響があると思う。」これらは被害者の口からよく聞かれる言葉です。任意保険会社の表や自賠責のやり方で慰謝料を計算されたが、 自分はそれだけではなく、こういった間接的な被害もいろいろと受けているので、その分を加算してもらわなければ到底納得できない、という主張です。 これは至極尤もな考え方であり、慰謝料が精神的損害に対して支払われる賠償金であるならば、そういった事情全てを金額に換算して、賠償額に組み込めばよいとも考えられます。
しかしそれらの事情を全て金額に換算して慰謝料に加算するというのは、容易な事ではありません。 例えば旅行を変更したための精神的損害を金額に換算するというだけでも、いろいろな事情が考えられます。 被害者の年齢が若ければまたいつでも旅行にいけるが、高齢者の場合は旅行にいける最後のチャンスだったかもしれません。 時間に余裕のある学生と、仕事で多忙でここ数年時間がとれず、やっとスケジュールを調整して予約した会社員では苦痛の程度も異なるでしょう。 海外旅行に行く予定だった者、日帰りの予定だった者といった違いでも、苦痛の大きさは異なるはずです。 これら全てについて、その金額を個別に基準化することは現実的な作業ではありません。 そういった事情もあり、また、そもそも他人の精神的苦痛の大きさを明確にする事などは不可能とも言えることですので、ある程度の事情については一般的な不利益として 慰謝料表の金額に含まれると考えられています。 注がれた水がコップからあふれでた時、初めて一定の限度を超えたとして金額に反映されると考えるといいかもしれません。
どのようなことが斟酌事由となりえるのか
程度や因果関係、立証の問題は別にして、慰謝料を斟酌するような特別な場合としては、退職、廃業、入学、留年、昇進、流産、中絶、離婚などが考えられます。 これらの事情から蒙る不利益は慰謝料表から導いた数字では評価しきれない場合がありうるでしょう。そのような場合は個別の事情に応じ、慰謝料算定にあたり斟酌すべきですが、 増額すべき金額については基準化はされていません。
退職や廃業については、被害者の年齢や勤続年数なども考慮されるべきでしょう。例えば40歳を過ぎる年齢で平均賃金程度の収入があった場合、 再就職によって同等の収入を得ることは困難といえるのではないでしょうか。廃業をやむなくされた場合は、投資費用など間接的な損害も発生します。再び起業することが可能だとしても、 大きな労力が必要と思われます。入学試験の機会を失い、家庭の事情や年齢制限などで受験を断念するような場合もあるでしょう。留年することや昇進が見送られることは、今までの頑張りが 無駄になってしまう場合もあります。流産や中絶を余儀なくされることは、特に母親には深い心の傷を残す可能性があります。 離婚を余儀なくされるまでには、辛い家庭生活が長く続いたとも考えられます。こうした事情がある場合は、充分に考慮された慰謝料が支払われるべきであると思いますが、 現実には厳しい判断がされることが多いようです。
加害者の重過失
飲酒運転、ひき逃げ、大幅なスピード違反など、加害者側の違法性が高い場合は、被害感情が強くなるのが通常です。 このように加害者の悪質性が高い場合は、一般的な基準に加えて慰謝料が増額されるケースが多いです。
事故後の加害者の態度が悪い場合も慰謝料の斟酌事由となります。暴言を吐いたり、自己保身のため嘘をついていたり、 謝罪が一切ない場合なども、慰謝料が増額される場合があるでしょう。
飲酒運転の加害者に自己負担で賠償させたい
相手方の飲酒運転で対向車線逆走による車の衝突です。 私は、首と腰にケガをし29日間会社を休みました。相手方とは、事故後一度会ったきりです。 保険から慰謝料が出るとの事ですが、私の要求額とは大きくかけ離れたものでした。しかし、相手方の態度は自分の起こした事柄の重大さ に全く気付かず、お金の事は保険で、の一本やりです。事故を起こした反省も含め、相手方に何がしかの 金銭を要求したいのですが、こういった要求は通用するのでしょうか。
相手が飲酒運転など悪質である場合は、慰謝料の増額事由として考慮されるケースが多いのが判例の傾向ですが、 その金額については怪我の程度などにより様々で、明確な基準はありません。 なお、正当な損害賠償額については保険から支払われるため、加害者に自己負担を強要することはできず、それにより反省を促すこともできません。 反省を促すなどのことは、行政処分や刑事処分に委ねるしかありません。
恐怖感の評価
慰謝料は精神的苦痛に対して支払われるものですが、実務上のそれは怪我の内容と通院期間によって定められた基準により計算されています。 そのため入通院慰謝料とか傷害慰謝料と呼ばれています。「精神的苦痛」には事故に遭う瞬間の「恐怖感」も含まれると思われますが、 それでは事故の瞬間「死」を想起するほどの恐怖を味わったものの、 幸い無傷で済んだ、あるいは軽い打撲程度で済んだというようなケースでは、慰謝料はどのように評価されるべきでしょうか。
- ▼ 事例・判例
- □ 被害者の主観的恐怖感ないし驚愕を理由として当然に 慰謝料請求が是認されるものではなく、これが認められるか否かは、その加害行為の性質、違法性の程度等を総合的に考慮し、通常人を基準として、 その恐怖が、社会通念上、加害行為と相当因果関係のある精神的損害に当たると評価しうるもので、 行為者に金銭をもってこれを慰謝させるのを相当とするか否かによって決せられるものと解するべきである。
検討すべき苦痛の種類
精神的苦痛には、例えば次のようなものがあります。慰謝料算定の参考にしてください。
(1)通院に係るもの
「直接的」
時間を失う、怪我の痛み、手術の痛み、治療の痛み、リハビリの苦痛、体調を崩す、薬の副作用、成長への影響、出産への影響、気分落ち込み、苛立ち、周囲への気兼ね、 家事が満足にできない、仕事が満足にできない、スポーツや趣味ができない
「反射的」
勉強の遅れ、仕事の遅れ、機会(契約、受験、進級、資格取得、就職、昇進、結婚、旅行、行事)喪失、信用失墜、社会復帰への不安、解雇、運動不足からくる体調不良
(2)後遺症に係るもの
自信喪失、他人の視線、再発(骨折等)の恐怖、将来への不安、夢・目標をを断念、劣等感、集中力低下、学力低下、仕事の処理能力低下、社会復帰までの失われた時間、将来への不安 再就職、結婚への不安、特技の喪失、専門性の喪失、資格の喪失、不便、離婚、家庭の崩壊、近親者の負担、いじめ、偏見、健康悪化、憎悪、老化の進行、転居、 廃業、自殺念慮、並はずれた能力の喪失
(3)基準だけでは評価されにくい問題点
後遺症の重さの評価、余命期間との関係、見えにくい長期的問題、回復可能性、馴化、被害者の努力、相当因果関係
- ▼ 事例・判例
- □ ひき逃げをした加害者に対して、通常の慰謝料300万円に2割を加算するとした事例。
- □ 加害者が損害賠償請求について保険会社まかせにして放置したことが慰謝料の増額事由とされた事例。
- □ 死亡事故で加害者にも過失があるのに、それを認めずに争っている事について慰謝料の斟酌事由とした事例。
- □ 幼児の死亡事故で、唯一の子供である事を斟酌事由とした事例。
- □ 大学一年生が事故により留年したケースで、留年損害を否定し、慰謝料の斟酌事由とした事例。
- □ 未婚女子の外貌醜状障害につき、多大な苦痛や困難を受けることを考慮し、基準の3割増の慰謝料が認められた事例。
- □ 物損事故で加害者が示談交渉を保険会社任せにした対応につき、慰謝料が否認された事例。
- □ 保険会社が被害者に対して矛盾した主張等を行い、精神的苦痛を深刻にしたことを慰謝料斟酌事由とした事例。
- □ ひき逃げによる刑事処分を免れようと画策し、逮捕が遅れたため、被害者が精神的苦痛を被ったことを斟酌事由とした事例。
- □ 長期欠勤により昇給昇格が遅延した損害につき、昇給昇格が確実であったとはいえず、慰謝料で斟酌するとされた事例。
- □ 後遺障害14級10号となったが、その後も痛み・しびれで通院をしていることについて斟酌事由とした事例。
- □ 半月板損傷で5か月入院した被害者が、失職のおそれから早期職場復帰した事情を慰謝料斟酌事由とした事例。