1. 後遺障害慰謝料の算定方法
  2. 非該当の場合の後遺障害慰謝料
  3. 実務上の後遺障害慰謝料の基準額と保険会社提示額との乖離
  4. 年齢と後遺障害慰謝料
  5. 精神の障害における後遺障害慰謝料

後遺障害慰謝料の算定方法

各基準による慰謝料表

後遺症が残った場合は、一生涯続くかもしれない痛みや、仕事上・生活上の支障などに対する慰謝料請求が認められています。 これを後遺障害慰謝料といい、第1級から第14級までの等級ごとに基準額が示されています。

被害者の皆さんは、赤い本や青本の基準額を参考にした金額を請求するとよいでしょう。

等 級赤い本青本任意保険自賠責保険
別表第1
自賠責保険
別表第2
第1級2,800万円2,700~3,100万円1,900万円1,650万円1,150万円
第2級2,370万円2,300~2,700万円1,500万円1,203万円998万円
第3級1,990万円1,800~2,200万円1,250万円861万円
第4級1,670万円1,500~1,800万円950万円737万円
第5級1,400万円1,300~1,500万円750万円618万円
第6級1,180万円1,100~1,300万円600万円512万円
第7級1,000万円900~1,100万円500万円419万円
第8級830万円750~870万円400万円331万円
第9級690万円600~700万円300万円249万円
第10級550万円480~570万円200万円190万円
第11級420万円360~430万円150万円136万円
第12級290万円250~300万円100万円94万円
第13級180万円160~190万円60万円57万円
第14級110万円90~120万円40万円32万円

※自賠責の別表1とは、介護を要する精神・神経障害や、胸腹部臓器の障害のことです。詳しくは後遺障害別等級表をご覧ください。

※赤い本は関東圏でよく使われている弁護士基準です。青本は関東以外の地方でよく使われる弁護士基準です。 任意保険の基準は保険会社が独自に定めて利用しているものです。自賠責保険の基準は被害者保護のための最低保障額ともいわれていますが、過失の多い被害者は減額される場合もあります。

金額の調整

同じ等級であっても、人により精神的苦痛の度合いは異なりますので、必ずしも基準額にとらわれない解決を目指す事も可能です。 事務員が小指を失った場合に被る損害と、ピアニストが小指を失った場合に被る損害とでは、ピアニストの方がより大きな損害を被ることは容易に想像できます。 頸椎捻挫で痛みをこらえながらも仕事を続けている人と、痛みのために仕事ができなくなり、会社を解雇された人とでも、精神的損害の大きさは異なるでしょう。 未婚の女性の顔に大きな傷が残った場合と、既婚の女性の顔に大きな傷が残った場合も、慰謝料の金額が違ってくる余地はあるのではないでしょうか。 実務ではこうした個別の事情をも考慮し、基準額を参考に調整が行われています。

慰謝料の調節機能

後遺障害が残っても、労働能力が喪失したとまでは言い切れない場合があります。例えば、身体や顔に傷が残ったとき、鎖骨や肋骨が変形しただけのとき、 腓骨に偽関節ができたとき等の例があります。後遺障害が残ったときに認められる損害は、後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料ですが、後遺障害逸失利益はかなり高額になることが多いため、 これが認められずに慰謝料だけとなると、逸失利益が認めらるケースに比べ著しく被害者が受け取る金額が低くなり、通常の慰謝料では被害者の満足が得られないという問題があります。 逸失利益が発生しないことに疑いがない場合は、それでも仕方がないと言えるかもしれませんが、逸失利益というのは将来発生しうる損害を予測して計算するものですので、絶対に正確であるという ことはあり得ません。つまり、高額の逸失利益が発生するとまでは言い切れないけれども、全く発生しないとまでは言えない、というようなことが多々存在するわけです。 そのような場合の調整方法として、慰謝料を一般の相場よりも多くして、不確かな逸失利益の分をカバーさせようとする考え方があるのです。

重度の後遺症が残った時の近親者の慰謝料

判例上、近親者に後遺障害が残り、死亡に比肩するような精神的苦痛を受けた場合は慰謝料請求権が認められています。 例えば若年者が植物状態となったり、重度の精神障害となったり、下半身麻痺で歩行不能となった場合に、 本人分の後遺障害慰謝料とは別に、両親に慰謝料が認められる場合があるのです。 その金額について基準はありませんが、本人分の1割から2割程度が認められている例があります。

特殊な事情がある場合

逸失利益が認められない場合

外貌醜状や歯牙欠損、難聴などの後遺症は、労働能力に影響を及ぼさないという理由から逸失利益を否定される場合があります。 このような場合でも、将来何らかの不利益を被る可能性が否定出来なければ、慰謝料を増額して埋め合わせがされる判例が多くあります。 その金額は事案ごとに検討されるため一様ではありませんが、例えば同じ12級の醜状障害でも、10万円程度の加算しかないケースもあれば、 数百万円加算されるケースもあります。

後遺症はあるが、等級は非該当の場合

自賠責保険の後遺障害等級表に該当する後遺障害とはいえない場合でも、それに近い状態であるとか、複数の後遺症が残存している等の理由で、 後遺障害慰謝料として数十万円が認定された判例もあります。

14級の後遺障害が複数認定された場合

例えば頸部神経症状と腰部神経症状がそれぞれ14級に認定された場合、後遺障害等級は併合しても14級のままで、等級が繰り上がることはありません。 しかし14級が一つの人より苦痛の程度は大きいことが考えられます。14級が3つ以上認定されている事案をいくつか調べてみたところ、 慰謝料が増額されているものが複数確認できました。14級後遺障害が3つ以上ある場合は、慰謝料の斟酌自由となり得るものと考えられます。

非該当の場合の後遺障害慰謝料

非該当の場合の慰謝料

後遺症が残っても等級表に定める程度の後遺症でない場合は、等級非該当となり、自賠責保険では後遺症がないのと同じ扱いになります。 例えば顔に3センチの傷が残れば12級で慰謝料請求ができるのに、2センチの場合は非該当となります。 2センチなら14級にならないのかというという疑問がでてきますが、そうはなりません。

自賠責保険支払いのための認定基準ですので、その運用は硬直的ですが、裁判上では、自賠責の認定という縛りとは別な判断が可能です。 傷の大きさが小さかったり、目立ちにくいなどの理由で外貌醜状が非該当となったケース、関節にわずかな機能障害が残ったケース、わずかな脚長差が残ったケースなど、 非該当の場合でも慰謝料や逸失利益が認められる場合は存在します。 ただし、それだけの理由があり、きちんとした立証ができての事ですので、例外的な事だと考えておいた方がいいでしょう。 

実務上の後遺障害慰謝料の基準額と保険会社提示額との乖離

加害者が任意保険に加入している場合は、示談に先立ち、任意保険会社から被害者に対して損害賠償額を提示してくるのが通常です。 下の表は、弊事務所が独自に任意保険会社の提示額と最終的な示談金額を集計した散布図です。 保険会社の提示額は、妥当な金額とこれだけ大きな差があるのです。

任意保険会社の提示額と示談額との乖離

年齢と後遺障害慰謝料

後遺症は被害者が生きている限り、背負っていかなければなりません。 障害があることにより、症状固定後、数年経ってから、結婚や就職、病気などで 新たな苦難が生まれるということもあるでしょう。若年者ほど苦痛は長く続くことになります。 しかし、死亡の場合は失ったものは大きいものの、被害者本人の苦痛が長く続くということはありません。高齢者よりも若年者の命が失われた方が、より苦痛が大きいとは考えられますし、 肉親を失った者の悲しみは生涯続くと考えることはできますが、その精神的苦痛は年々軽減されていくと考えられるでしょう。 後遺障害慰謝料も死亡慰謝料も、近親者固有の慰謝料分を除けば、被害者本人に対する損害として計算がされます。しかし現実には、後遺障害慰謝料は被害者本人に 支払われるのに対し、死亡慰謝料は遺族に支払われることになるという点で、異なる見方をすることができると思います。 そうしてみますと、死亡事案よりも後遺障害事案の方が、年齢を慰謝料額に反映させる実質的意義は高いものと考えられます。

昭和50年ころは、50歳以上の者の慰謝料を減額し、20歳以下の者は加算するというような運用がされていた時期もありましたが、 現在定められている慰謝料の基準は、死亡については家族内の地位により、後遺障害についてはその等級により、柱となる金額が決められています。 年齢の違いも加味した方が、より現実的な慰謝料基準となると考えているのは私だけではないと思いますが、単純に年齢に応じた係数で慰謝料額を決めるなどの方法を採用するにしても、 現在の基準金額の序列を乱すことにもなりかねず、考えなければならない問題は多そうです。基準化は容易ではないでしょう。

しかしやはり年齢による差異は無視できない要素ではないかと思います。 年齢を考慮してほしければ裁判をしてはどうか、という考え方もあるでしょうが、 現実問題として交通事故の保険金請求は、その多くが裁判外で解決されています。 裁判外での円満な解決には、基準は特に重要な役割を果たしています。年齢が考慮されていない基準しかなければ、ほとんどのケースで年齢を考慮した妥当な解決を図ることが困難になりますので、 年齢的な要素も取り入れた慰謝料の算定基準が作られることが望ましいと思います。

精神の障害における後遺障害慰謝料

交通事故で外傷を負った後に、精神障害が残る場合があります。精神障害は、自賠責保険の後遺障害等級認定では(1)器質性精神障害と(2)非器質性精神障害に大別されています。 (1)器質性精神障害というのは、事故外傷により脳に直接損傷を受けたことが原因となって精神障害を起こしたものをいいます。脳挫傷などの診断がされていることが多いです。 遷延性意識障害など症状が重い場合は第1級となります。その他症状の重さによって、第2、3、5、7、9級に認定されます。 (2)非器質性精神障害というのは、脳に直接損傷は見られないが、精神障害を起こしているものをいいます。診断名としては、うつやPTSDと記載されることが多いです。 等級としては第9級、12級、14級に認定されます。

精神障害の特質 ~ 家族の精神的苦痛

精神障害の症状は様々です。ふさぎこんでしまったり、怒り易くなったり、言葉が出なくなったり、 忘れっぽくなったり、コミュニケーションが困難になったり、人格が変わってしまったりということもあります。

身体機能の障害が残った人は、周囲の援助を必要とする場合もありますが、多くの場合その苦痛に悩まされるのは本人のみに限定されます。 例えば下肢の一部を欠損し、第5級に認定された人は、日常生活上大きな支障を抱えることになるでしょうが、そのために同居の家族に大きな負担がかかるとは必ずしもいえません。 ところが精神障害の第5級で、理不尽なことですぐに怒ったり、暴力的になったり、まともなコミュニケーションが取れなくなってしまった人と同居する家族は、本人の変貌ぶりについていけず 大きなストレスを抱えているケースもあります。このような家族の精神的負担について、慰謝料を請求することは可能なのでしょうか。

家族の精神的負担の評価

器質的精神障害で第7級に認定された被害者家族の例

歩行中に自動車にはねられて脳挫傷の傷害を負ったAさんは、高次脳機能障害と診断され第7級の認定を受けました。主な症状は記憶障害と発動性の低下です。Aさんは奥様と小学生のお子さんが二人の、 四人家族でした。スポーツ好きで、会社でも野球クラブに所属しており、人づきあいも多い性格でしたが、事故後、人が変わったようになってしまいました。 家庭ではいつもAさんが家族に話しかけていたのですが、事故後は奥様やお子様たちから話しかけない限り、話をすることがなくなりました。話しかけても「ああ」とか「うん」とか、 最低限の返事しかせず、話を聞いているのかどうかもよくわからない状態です。そしていつも不機嫌そうに黙りこんでいます。初めのうちは事故の痛みとか、会社を休んだことによる ストレスからそんな態度になっているのではないかと見守っていましたが、次第にそうではないことが分かってきました。ふさぎこんでいるのがよくないと考え、何度も話しかけていると、 時折「うるさい!」と大きな声で突然怒鳴ることがあります。今までは家で怒鳴り声をあげたことなど一度もなかったのにです。その他にも電気を消し忘れていたり、トイレのドアが きちんと閉まっていなかったり、子供の靴が玄関に散乱していたり、夕食の後食器を洗い始めるのが遅かったりといった些細な理由で怒鳴ったり、テーブルをこぶしでバンッと叩くなどの 行動がみられるようになりました。一度だけですが、子供たちの見ている前で、雑誌を投げつけられたこともあります。 子供たちは父親を恐れ近寄らないようになりましたが、Aさん本人はそれを苦にしていないようです。奥様が心配になり会社に相談すると、会社でも同じように 無口になり、人付き合いを避けるようになっているとのこと。怒鳴ったりすることはないが、イライラしていることが多く、昼休みも孤立している。仕事も予定や約束を忘れたり、話が 上手くかみ合わないなどの支障が出ているとのことを聞かされました。奥様ご自身もAさんとの生活に大きなストレスを感じています。会話もなく、休日に出かける事も無くなりました。 正月に実家に帰省した時も、両親にろくに挨拶もせず、一人でテレビばかり見ていました。もしもAさんが職を失うようなことになった場合、奥様はこの生活を続けていく自信がありません。

家族の苦悩

Aさんのご家庭のケースでは、ご家族にも相当な精神的負担がかかっていることがわかります。 お子様たちは大好きだったお父さんが怖くて近寄りがたい存在に変わってしまったという悲しみを味わっています。 奥様は、会話がなくなり、明るかった家庭が暗いものになってしまったこと、ご主人と会話ができないこと、些細なことで怒鳴られるようになったこと、 暴力をふるわれるのではないかという恐怖感、会社を解雇されるのではないかという不安感などから、今の生活に限界を感じ始めています。家庭が壊れてしまったら 次の家庭を作ればよい、というわけにはいきません。多くの人にとって幸福な家庭生活はやり直しのきかない大切なものであるはずです。それが事故による後遺症のために破壊されてしまったのに、 何の補償も受けられないというのは、あまりにも理不尽ではないでしょうか。円満だった夫婦の多くは、被害者となった側を支えようと努力します。辛い一日を繰り返し、何年も耐えて、支え続けるのです。 その結果自分自身が消耗し限界に達します。限界に達しても、人によっては自分を責め、自分の努力が足りないのではないか、愛情が足りないのではないかと責めさいなまれる人もいます。 そして最後の最後に「別れ」という決断を強いられるのです。

配偶者などの近親者に固有の慰謝料が認められるのは、被害者が死亡した場合か、死に比肩するような後遺症を負った場合に限定されています。 たとえ事故を発端として夫婦が離婚した場合であっても、被害者の配偶者に対して慰謝料が認められるということは、まずありません (被害者本人に離婚を余儀なくされた慰謝料が認められる余地はあるように思われます)。精神障害者と共に暮らしていくことにより受ける苦痛を、配偶者などが損害賠償請求の当事者として 請求することは、今の法律では困難といっていいでしょう。