運行供用者は自賠法三条但書きの規定の全てについて主張、立証が必要である
自賠法三条但書き所定の免責事由が主張立証されない限り、被告は本件事故による負傷によって原告がうけた前項の損害について賠償の責に 任じなければならないのである。被告は、本件事故は、被告の過失ではなく、原告の過失にもとづく旨主張している。しかし、前段にふれた自賠法 三条但書きの規定によれば、単に自動車運転者の無過失、被害者の有過失の主張だけでは免責されず、同規定の全部について主張立証することを 要するわけであって、被告のこの主張自体理由がなく、採用の余地がない。 (東京地裁昭和38年6月24日)
助手の誘導により駐車場から道路上へトラックを後退させていたところ、道路を進行してきた原動機付自転車と接触した場合に、 運転手には過失がないとされた
運転者は前記のようにしてトラックを車道に出すにあたり、同乗の助手をトラックの左後方車道上に立たせて、その誘導によって緩い速度で 車を後退させ前記衝突地点に近づいたところ、助手は入舟十字街方向約40メートルのところに驀進接近してくる被害者の車を発見したので これを先に通過させようと考え、急遽運転者の方に向かって両手をあげると共に、ストップの掛け声をして停車を合図し、運転者は 右合図にしたがって直ちにブレーキペダルを踏んだ結果、トラックが停止したと思う間もなく被害者の車が助手の右側を通過して 右トラック左後側端尾灯付近にぶつかったこと(なお右トラックが後退中にエンジンストップし、或いは又停止直前に急に飛び出したような 事実を認めうる証拠はない)。入舟大通りは、十字街から右地点にかけて勾配度百分の五の下り坂であるが、現場付近の車道幅員は 約12メートルであって、当時付近には被害者の車以外には歩行車両はなかったこと。被害者の車はそのとき時速約30メートル で進行しており、衝突地点まで減速した形跡はみられないこと。もっとも当時丸尾商会前付近には右トラックから数メートル十字街寄りの ところに小型四輪自動車が右トラックに次いで洗車すべく歩道に添って駐車しており、下り坂である関係上前記運転手が後退中に 運転台から左方をみても右自動車によって十字街方向の視界が遮られ、一方被害者にあってもトラックが右自動車のかげになってその 見通しがやや困難な状態にあったとみられること。助手は運転者に対して停車の合図をしたにとどまり、被害者に対しては何らの指示を しなかったが、それは同人が指示するまでもなく当時の状況上被害者の車が当然安全に通過しうると判断したためであること。 以上の各事実に照らして考えてみると、本件事故は一に被害者の過失に起因するものとみるのが相当である。すなわち、被害者が前方を注視して 安全を確認しながら車を進行させていたとすれば、たとえ前記駐車中の自動車のために本件トラックに対する見通しが困難であったにせよ、当然 トラックの左後方で被害者からも見通し可能な地点に立ってその後退を誘導していた助手の挙動、ひいてはトラックの動きをとらえることができたであろうし、 加うるに付近が下り坂のこととて被害者がにわかに障害物を発見した時に急停車の措置がとれる程度に減速していたとすれば現場付近の車道幅員、 前記交通量等の点からみても、急停車若しくはハンドルを右に切ることによって容易に本件事故発生を避けることができたであろうと考えられるからである。 もっとも助手が運転手に対すると同様被害者に対しても何らかの合図をしていたとすれば、或いは本件事故発生を避けることができたかも知れないということが 考えられない訳ではない。しかしながら助手がかかる措置をとらなかったのも当時の状況による前記理由に基ずくものであってみれば、 経験則上それも無理からぬところであって、被害者の過失を否定すべき事由にたりえないであろう。 次に被告およびその運転手が運行に関して注意を怠らなかったかどうかをみるに、証拠によれば、被告会社においては社長の監督下にある車両係長 が車両を管理し、運転者が車を使用するときは右車両係長の許可を得て同人から鍵を借り受けることになっており、当日も運転手は許可をうけて車を持ち出した ものであること、右運転者および他の被告方運転者にはいずれも事故暦がなかったこと、以上の事実が認められ、また前記認定事実によれば、 運転者およびその補助者は未成年者であるが、運転者はその当時安全確認のために補助者を車道上に立たせて車を誘導させており、 しかもその方法等において通常必要とされる注意義務に尽くして落ち度はなかったと考えられるから、本件の場合被告およびその運転者は 自動車の運行に関して注意を怠らなかったと認めるのが相当である。なお証拠によれば、本件事故当時右トラックにはハンドル、ブレーキ等 をはじめその構造、機能上何等の欠陥障害がなかったことがたやすく認められる。かような訳で本件にあっては、被告およびその運転者は 自動車の運行に関して注意を怠らなかったこと、本件事故については被害者に過失があったこと、自動車に構造、機能上の欠陥ないし障害が なかったこと、以上の各事実を肯定することができるから被告は損害賠償責任を負わないものというべく、被告の抗弁は正当といわなければならない。 (札幌地裁小樽支部昭和37年11月6日)
停車中の自動車に、後ろから来た自転車が接触、転倒した場合に、自動車運転者には過失がないものとされた
被告者が同交差点入り口中仙道上左側歩道より約1メートルの地点において一時停止し、これに追進する車との距離が4、5メートルになった とき原告操縦の自転車が被告車と歩道との僅か1メートルの間隙をぬって通過しようとし、その際被告車の左側前部フェンダー付近に接触し、 そのため原告は自転車もろとも路上に転倒したこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして たやすく措信できず他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。そして右認定によれば本件事故は停車中の被告車に、後から進行して来た 原告の自転車が接触したため発生したものであって、運転者には過失がなく、進路左右の注視を怠り、自己の操縦技術を過信した原告の 過失により生じた事故であると認めざるを得ない。また証拠によると、当時被告方の専属運転手は前記太田のみで被告は毎日同人に車の 整備点検を励行させ、また常々事故を起こさないように注意を怠らなかったこと、同人を運転手として採用するに際して同人が事故、 法規違反歴のないことを確かめて採用したことを認めることができるから、被告は被告車の運行に関し、注意を怠らなかったということができ、 さらに被告車に構造上の欠陥機能障害がなかったことは同人の証言によってこれを認めることができる。(東京地裁昭和39年11月28日)
信頼の原則の適用について
被告は見通しのよい前記場所で前車を追い越そうとしセンターラインにまたがるところまで進行し10メートル位したときはじめて自動二輪車を見たというのであるから、 反対方向からの交通についての注意を怠ったまま追越しにかかったとみるべきであり、しかも約50メートル前方に自動二輪車を発見してからも 直ちに車をセンターライン左側に寄せたことが認められない以上、本件事故につき被告に過失がないとはいえない。被告は、いわゆる「信頼の原則」を 採用して被告の無過失を主張しているが、「信頼の原則」は自動車運転者の刑事責任を減ずるに当たって考慮すべき理論であるから、「信頼の原則」 によって刑事上無過失とされれば民事上の損害賠償責任をも負わないと直ちにいえないのみならず、「信頼の原則」が適用されるためには当該運転者が 交通法規にかなった行動をとっていることと結果の発生についての予見可能性がないことが要求されると解されるところ、本件の場合被告の追い越しの際に 遵守すべき義務を怠ったことはすでに述べたとおりであり、また結果発生についての予見可能性がなかったともいえないとみるべきであるから、 「信頼の原則」が適用されるべき場合ではなく、被告の主張は採用できない。したがって、被告は、自動車損害賠償保障法第三条により、 後記損害を賠償する責任がある。(山形地裁昭和43年3月30日)
センターラインオーバーの事故で、免責が認められなかった例
被告は事故車Aを運転し、時速50キロメートルの速度で、道路端寄りの車線を池袋方面から川越市方面に向けて進行し、事故現場付近に差しかかったところ、 前方約50メートルの地点に、対向車両の中から、車体の一部がセンターラインを越えて斜めに走行してくる事故車Bを発見した。そのまま約6メートル進行した際、 斜走したまま第一車線内に進入してきた事故車Bが、左転把して向きを変えようとしたのに気づいて、第二車線に進路変更をして接触を避けようと思って右転把した。 ところが事故車Bも左転把を続けて第二車線に戻ってきたので、危険を感じて急停止の措置をとったが、間に合わず、事故車A前部を事故車Bの右前部に 衝突させ、その衝撃で車外に投げ出された被害者を左後輪で轢いた。被害者は事故車Bを運転して川越市方面から進行し、本件事故現場付近で 前記のとおりセンターラインを越えて事故にあった。センターラインを越えた理由は不明である。右認定事実に基づいて考える。被告が第二車線に 進路変更をして、接触を避けようと判断したことは、咄嗟の場合であるから、責めることはできない。しかし事故車Bの異常な走行は、最初に発見した時から 窺えた筈であり、時宜に適した措置をとりやすいように減速しておれば、衝突を避け、また避けられなかったとしても、もっと軽い被害の程度に止めることが できたものと考えられる。したがって被告には、減速せずに、そのままの速度で進行した過失が認められる。(東京地裁昭和48年7月5日)
対向車の直後を早足で横断した歩行者との衝突で、加害者に自賠法三条の免責を認めなかった例
事故発生当時甲路を南進する車両が多く、これら車両は低速で進行し、あるいは停滞する状態であった。被告は被告車を運転して、甲路を 北に向け中央線よりを、先頭車両として時速20~30kmで進行していたところ、右横断歩道付近にさしかかった頃、すれ違った対向車両の後ろ、 中央線付近約6.5メートル先に原告の姿を発見し、危険を感じて急制動をかけたが及ばず、停止に近い状態で衝突した。原告は、右交差点の北東角付近 において、ニ、三分間とぎれることのなかった甲路南行車両のとぎれを見て早足ないし小走りの状態で、甲路を横断し、北行車両の存否等につき十分 確かめもしないまま、甲路中央を越え、そのまま歩行を続けて衝突するに至った。以上の事実を除いては、事故発生の状況につき本件において重要な事実を 認めるに足りる証拠はない。叙上の事実によれば、①被告は、自動車運転者として、右交差点通過に際し、必要な注意義務の履行にかけるところがあったものと いわなければならない。すなわち、北行車両の先頭を進行する被告車の運転者には、対向車線を南行する車両が多く、右交差点東側からこれに進入しようとする 人車の状態を十分認識できない状態にあったのであるから、横断歩行者の存在をもはかり、これと衝突等の危険を未然に防止できるよう、交差点通過に際し、 適時減速等の措置をとり、かつ、前方注視を厳にする等の所為が要求されるのであるが、漫然これを怠ったものといわなければならない。 ②一方、原告においても、甲路を横断するにつき、甲路を北進する車両との接触等の危険を防止するのに必要な注意を怠ったものといわなければならない。 すなわち、原告は、横断開始あるいは甲路中央を過ぎる以前において北進車両の存在を予想し、これを十分確かめた後横断を開始あるいは続行すべきものである。 ③原告の横断箇所、したがって、衝突地点は横断歩道外であるが、当時前記横断歩道が停滞車両によってふさがれていたかどうかは別として、 南進する多くの車両により同所における迅速、安全な横断が十分保し難い状態にあったことは推認するに難くないので、この点は①の義務違背を否定する ほどの事情とは認められない。したがって、被告の免責の主張は理由がないが、以上に述べたほか、さきに認定して右交差点の状況や原告の年齢等を考慮し、 原告に生じた損害のうち、被告において負担すべきものはその三分の二に限られるべきものというのが相当である。(東京地裁昭和48年5月29日)