外国の懲罰的慰謝料
加害者が不誠実であったり、悪質である場合、被害者としては、何とか加害者を懲らしめてやりたいという気持ちが湧き上がってくるのが通常です。 懲罰的慰謝料とは、加害者に高額の慰謝料を課すことで見せしめとしたり、慰謝料の支払いによって経済制裁的な作用を持たせようとする考え方ですが、そういった請求は可能なのでしょうか。
アメリカ合衆国では、州によっては、実際に生じた損害の賠償に加えて、見せしめと被告に対する制裁のための損害賠償を受けることができる旨の 懲罰的損害賠償に関する規定が置かれており、これが時には非常に高額な金額となることがあるようです。ファーストフード店でテイクアウトのコーヒーを買い、 容器からこぼれたコーヒーでやけどを負った女性が、注意喚起がなかったことなどを理由に数十万ドルもの巨額の慰謝料を手にしたという話もあります。
日本の慰謝料の考え方
しかし日本では、懲罰的慰謝料を課すことは認められていません。日本の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実損害を填補し、不法行為がなかった状態に 回復させるのが目的とされているからです。見せしめや制裁といったことは、行政処分や刑事処分に委ねられています。日本の慰謝料でも、加害者の悪質性によって慰謝料の金額が 増額されることはありますが、それは加害者の悪質性によりより強い精神的苦痛を味わったという考え方によるもので、 懲罰的慰謝料といえる性質のものではありません。
加害者が危険運転致死傷罪となるケース
酒酔い運転などの悪質なケースで加害者が危険運転致死傷罪となった場合は、刑事上の責任は重く科されますが、 民事損害賠償請求における慰謝料も高額となるケースが多いといえるのではないでしょうか。 死亡慰謝料は上限で3000万円というイメージがありましたが、近年それを超える金額の死亡慰謝料が認定されるケースも出ています。その多くは飲酒運転など、 加害者の悪質性の高いものです。しかしこれは『懲罰的慰謝料』とは単純にはいえないようです。
悪質性を斟酌することと懲罰とは異なる
加害者の悪質性が高い場合に、慰謝料が一定の水準を越えて高額になるケースがあるのは、慰謝料の金額の算定が、事故の態様やそれに関連する様々な事情を全て勘案して 決められるということから、悪質性が一つの斟酌事由と評価されていると同時に、結果の重大性、悲惨さなど、他の事情も総合考慮した上で、高額な認定がされているものと推測できます。 すなわち、慰謝料には加害者の悪質性に対する制裁的な意味合いが含まれるとしても、それだけではなく、あくまでも本人や遺族などの精神的苦痛の大きさを斟酌してのことと考えられるのです。 仮に懲罰という意味合いで慰謝料を加算するのであれば、その分は賠償保険からではなく、加害者本人の財産から支払わせるような仕組みも作っていかなければならないでしょう。
懲罰的慰謝料とは異なりますが、刑事裁判中に加害者側から、見舞金などの金銭の支払いを申し出てくることがあります。これは裁判所から強制されることではありませんが、 加害者側の財産から支弁されること、量刑に影響があるとされていることから、制裁金的な意味合いも含まれているといえるでしょう。
加害者に保険会社とは別に慰謝料を請求することはできるのか
保険とは別に加害者の財産から慰謝料を払わせ、痛みを感じさせたいと考える被害者の方もいます。 「保険会社の支払う慰謝料は100万円で合意する予定だが、それとは別にあなたの財産から30万円を支払って欲しい。 それであればあなたの謝罪を受け入れ、気持ちよく示談しよう。」加害者が任意に応じればこういう形の示談も可能です。
しかし加害者が「私は無制限の賠償責任保険に入っており、損害賠償のことは保険会社に任せている。自分の財産から賠償金を支払うつもりはない。」 という態度を示した場合は、被害者の思いの実現は難しくなります。保険会社との示談交渉で慰謝料100万円のほか、 加害者の財産から30万円という要求をしても、保険会社は「法律上の損賠賠償責任がある分については、保険で全てお支払いします。」 という返事しかしないでしょう。仮に裁判をして慰謝料が130万円認められたとしても、裁判で認められた金額であれば保険会社が全額を支払います。 示談後に直接加害者に金銭を要求する行為には問題があり、度を越せば不法行為となる可能性もありますので、 強制的に加害者に自己負担をさせる方法はないと考えておいた方がよいでしょう。