過失割合の決め方
1.基本割合を決める
実務上、過失割合を決めるときは、判例タイムズという本が広く利用されています。四輪車と歩行者の事故、 四輪車同士の事故といったように区分され、更に信号機のある交差点での右折車と直進車とか、一時停止規制のある交差点での出会い頭の事故など 細かく類型化され、典型例として基準化されています。
典型例にはそれぞれ基本割合が定められていますので、まずは自分のケースに当てはまる典型例を探し出してみましょう。
2.修正要素
全ての事故は、みな異なる事情を抱えています。一方が大型車で一方は普通車である場合や、 一方が飲酒運転の場合、一方がわき見運転である場合などにまで、基本過失割合による解決を貫き通すのは妥当とはいえません。
公平性が保たれるように、過失割合の値を修正すべき事情のことを『修正要素』といいます。
代表的なものとしては「夜間」というものがあります。自動車と歩行者の事故の場合、ヘッドライトを点灯した自動車は目立つのに対して、歩行者は 目立ちにくいという事情を考慮したものです。歩行者に+5程度の修正を行う場合があります。
判例タイムズの典型例には、基本割合とともに考慮すべき修正要素が列挙されていますので、事情に応じて修正を行います。
図の例では基本割合が歩行者10:自動車90です。歩行者が児童で、集団で横断中、且つドライバーに脇見運転などの著しい過失がある場合、全て修正を行うと 基本割合から-20の修正を行うこととなり、歩行者の過失は0(計算上はー10)という事になります。
3.事実関係の確認
上の事例では修正要素として、「児童」「集団横断」「わき見運転」の三つの修正を行いましたが、加害者側がそれに納得するとは限りません。
児童か否かは簡単に証明が可能ですが、集団横断はどうでしょう。10人が並んで横断していたのであれば認められそうですが、2~3人の場合、集団といえるでしょうか。 考え方に違いが出る可能性があります。わき見運転についてもドライバーが「ナビを操作してよそ見していた」と自分で認めているような場合はともかく、ただ 「気づくのが遅れた」といっていただけの場合などは、修正すべきかどうかはっきりとしません。 他にも双方が「自分の信号が青で、相手が赤だった」といって譲らないようなケースもあるのです。
説得の方法
こうした場合は相手を説得しなければなりません。集団横断にあたるかどうかという事は、判例タイムズを調べたり、 類似裁判例を調べたりすることで解決の糸口が見つかりそうです。双方が青信号を主張している場合は厄介です。ドライブレコーダーに記録されている場合は簡単ですが、 目撃者もいない場合は、難航すると思われます。 スピード違反の有無などは、停止位置や飛翔距離、ブレーキ痕などからある程度推定する方法があります。
実務上の問題点
納得できにくい基準
例えば一方に一時停止義務違反がある十字路交差点での直進四輪車同士 の出会い頭衝突事故は80:20が基本割合とされます。個別の事情としては、例えば一時停止義務違反車が停止線の手前で減速し、それを 見た相手方が相手は一時停止標識に従って停止すると考え、若干速度を落として交差点に進入したとします。ところが相手方は減速はしたものの 一時停止せずに交差点に進入したため衝突したというようなケースの場合は、被害者側としては避けようがない事故であるので100:0と考える人が多いのではないでしょうか。
ところが実際はそうではありません。ケースによっては100:0で妥当な場合もあるでしょうが、多くの場合は80:20~90:10程度で合意する事になると思います。これには様々な理由がありますが 一時停止規制のない相対的優先車の方にも、交差点を通過する際は周囲の安全を確認して通行しなければならないという義務が課されているからです。 「避けようがない」という事故でも、過失ゼロが認められるとは限らないのです。
保険会社の提示はあてにならないケースも多い
実務上、過失割合は別冊判例タイムズの基準によって大筋が決められています。多くは保険会社の担当社員から判例タイムズ等の基準の説明を受け、 それに異存なければ、その過失割合で決まる事になるでしょう。多くの被害者は「判例タイムズで決まっている」といわれると、 「それなら仕方がない」と思い込んでその基準に従おうとします。
ですが、相手方の言っている過失割合はあくまでも相手方の主張でしかない場合もあるということを理解しておかなければいけません。 判例タイムズの基準を実際の事故に適用して妥当な割合を出す事は簡単ではないのですが、 加害者のみの話を聞いて保険会社担当者が過失割合を決めてしまっている事が多いのです。 修正要素を全く考慮していなかったり、すべきではない修正を行ったり、そもそも基本割合の適用から間違っている場合もあります。
- ▼ 事例・判例
- □信号機のない狭路から交差点に進入した原付バイクと広路進行中の乗用車の出会い頭事故で、当初保険会社は原付バイクに7割の過失ありとして いたが、原付バイク側の立証により4割の過失で合意した事例。
- □駐車場内をバックで駐車スペースに移動中の車と、通路を走行する車が衝突した事故で、バックしていた車の過失が5割から3割に変更された事例。
警察は過失割合を決めてくれない
警察には「民事不介入」という原則があります。そのため民事損害賠償請求のための過失割合について判断してくれるということはありません。 警察が実況見分を行うのは、刑事記録作成のためです。現場で警察官が「これは向こうが悪いね」とか「あなたに責任はないね」などと発言することもあるかと思いますが、 それは過失割合が100:0であるとか、そういう具体的な話をしているのではなく、雑談の中での言葉に過ぎません。 ですから警察の人に「過失割合を教えてください」とか「過失割合が書いてある文書を発行してほしい」といっても、 「そういう事は当事者か保険会社と話し合ってね」と断られるだけです。
自分が100%悪いといえば、保険会社はそれに従うのか
仮に加害者本人も100:0で仕方がないと考えた場合でも、任意保険会社は加害者本人の見解に拘束されません。100:0を認めるに足りる事実があれば 保険会社も100:0で保険金を支払いますが、そうでない場合は加害者が100:0だと思っても、保険会社は独自に認定した割合でしか保険金を支払いません。金額が小さく、 保険金が下りない分を加害者が自己負担する場合は良いですが、そうでない場合は、加害者は当初合意していた100:0という見解を撤回する事になり、被害者の不信を買うことになります。 「加害者は事故のときは自分が全部悪いといっていたのに、2日後に話した時にはあなたにも過失があると態度が一変していました。」このような話は日常茶飯事です。
基本割合からの調整 ~修正要素
修正要素とは
過失割合を決めるとき、基本的な事故態様ごとに設定されている数値(基本割合、基本相殺率)だけでは基準として抽象的すぎるため、 より具体的妥当性を持たせるために修正要素が類型ごとに設けられています。基本割合と修正要素を組み合わせることにより、 多くの事故態様に対応した基準を算出できるように工夫されているのです。
事故の態様によって適用すべき修正要素は変わってきます。ここでは代表的な修正要素をご紹介しますので参考にしてください。 どのようなケースでも以下に挙げた修正ができるというわけではありませんので、ご注意下さい。
修正要素の例
- 夜間・・・夜間(日没から日の出まで)は人の存在は目立ちにくく、 車はヘッドライトで目立ちやすい状況が多いです。そのような場合は歩行者や自転車の過失が5%加算される場合があります。 トンネルの中や濃霧により視界が悪い状況でも修正される場合があります。
- 幹線道路・・・車道の幅員が広く車の交通が頻繁な道路。このような場所では歩行者等も通常の道路に比べより一層の注意義務が要求されるため、 歩行者や自転車の過失が5%加算される場合があります。
- 住宅街、商店街・・・人の通行が多い場所は、車の通行にはより一層の注意が必要です。 通勤通学時間帯の会社や学校周辺なども修正される場合があります。反対に人通りの絶えた深夜などは、修正されません。
- 直前直後横断・佇立・後退・・・歩行者が車の直前直後で横断したり、理由なく道路上で立ち止まったり後退した場合のほか、 飛び出しやふらつきがあった場合など。
- 児童・高齢者など・・・判断能力や行動能力の低いものを特に保護すべきであることから、歩行者や自転車運転者が児童または高齢者である場合は 、過失が5~10%減算されます。自動車の運転者が高齢者であっても当然には修正は行われないものと思われます。
- 幼児・法71条2号該当者・・・6歳未満の幼児や車椅子、目の見えない人がつえや盲導犬を連れて歩行している場合。
- 集団横断・・・数人が集団で通行・横断している場合。何人以上という基準はないようです。
- 車の著しい過失・・・事故態様ごとに通常想定されている程度を超えるような過失のことです。 脇見運転、携帯電話の操作や時速15km~30km程度の速度違反、酒気帯び運転などがこれに該当します。過失が10%程度加算されます。
- 車の重過失・・・故意に比肩するような重大な過失のことです。酒酔い運転、居眠り運転、無免許運転、時速30km以上の速度違反、 過労運転、薬物などにより正常な運転ができないおそれがある場合などです。過失が20%程度加算されます。
- 歩車道の区別なし・・・歩道が整備されている場合のほか、おおむね1m以上の幅の路側帯のある道路を、歩車道の区別がある道路といいます。
- 横断禁止の規制あり・・・道路標識等により歩行者横断禁止とされている場所での横断は、歩行者に加算修正されます。
- 合図遅れ・・・合図の義務がない方の過失が5~10%程度減算される場合があります。
- 合図なし・・・合図の義務がない方の過失が10~20%程度減算される場合があります。
- 徐行なし・・・徐行の義務のある方の相手方の過失が10%程度減算される場合があります。
- 早回り右折・大回り右折・・・違反者の相手方の過失が10%程度減算される場合があります。
- 大型車・・・交差点における事故の場合は、大型車の過失が5%程度加算される場合があります。
- 夜間で明るいところ・・・夜間における路上横臥者の事故で、街灯などで明るい場合は減算されます。
- 後退警告あり・・・後退車による事故のとき、バックブザー等による警告を発した場合です。 道路交通法の後退合図は後退灯のみで構いませんが、修正要素とはなりません。
- 後退開始前に後方に佇立・・・後退車による事故の基本割合は後退中であることが前提になっているため、 後退前より佇立していた場合は歩行者側を減算します。
- (赤信号側の)明らかな先入・・・信号待ち後、青で発進する際、軽度の注意で赤信号無視車両を避けられるのに、 信号のみを見て発進して衝突した場合など。
- 見通しのきく交差点・・・信号機のない交差点では見通しのきかない交差点での事故が基本とされていますので、 見通しのきく場合は修正される場合があります。
- 直近右折・・・直進車の至近距離で右折すること。
- 既右折・・・右折車が既に対向直進車線に入っている場合。
- 法50条違反の交差点進入・・・対向直進車線が渋滞して直進車が交差点内に入ってはいけない場合。
- 頭を出して待機・・・路外から道路に入ろうとする車が、前部を道路に出して車の流れを伺っていた場合をいいます。
- 避譲可能なとき・・・被追越車が避譲可能であるのにしなかった場合をいいます。
- 法27条1項違反のあるとき・・・被追越車は追いついた車両の速度より遅い速度で引き続き進行するときは、 速度を増してはならないとされています。
- 制動灯故障・・・急ブレーキ禁止違反の被追突車の制動灯が故障していた場合です。
- 混雑・・・高速道路上で、通常の車間距離をとうてい確保できないほど混雑した状態をいいます。
- 終端付近・進入路手前進入・・・それぞれ高速道路の本線との合流地点で、進入路の終端付近、進入路の手前付近での進入をいいます。
- 交通量多し・・・高速道路上での駐停車車両との追突事故の場合に、混雑とまではいえないが先行車が多く駐停車車両の発見が遅れがちで、 並走車も多く回避がそれほど容易でない場合をいいます。
- 自転車の酒酔い運転、二人乗り、無灯火など・・・いずれも道交法違反となりますが、 事故態様からみて修正を行うのが適切な場合にのみ修正が行われるようです。
- カーブミラー(道路反射鏡)・・・カーブミラーは、他の車両又は歩行者を確認するための鏡です。 カーブミラーが設置されているのに、これにより安全確認をしないことは過失となりますが、『カーブミラーの不確認』という修正要素は現状では存在しません。いくつかの判例をみると、状況により『著しい過失』として修正を行っているように思われます。
用語の意味
- 信号機・・・(青)進行することができる。(黄)歩行者は道路の横断を始めてはならず、横断中の歩行者は速やかに横断を終わるか、 引き返さなければならない。車両は停止位置を超えて進行してはならない。ただし停止位置に近接しているため安全に停止できない場合を除く。 (赤)歩行者は道路を横断してはならない。車両は停止位置を超えて進行してはならない。交差点内において既に右左折している場合はそのまま進行することができる。
- 灯火の点滅・・・(黄色灯火の点滅)歩行者も車両も、他の交通に注意して進行することができる。 (赤色灯火の点滅)歩行者は他の交通に注意して進行することができる。車両は停止位置において一時停止しなければならない。
- 警察官の手信号・・・信号機の信号と警察官の手信号が異なる表示だった場合は、警察官の手信号に従わなければなりません(手信号等の優先)。 私人の手信号は道交法第6条の手信号としては効力をもちません。
- 運転・・・道路の通行方法に関する規定の適用については、二輪車を押して歩く者は歩行者として扱われます。 ただし側車付きや他の車両を牽引しているものは除かれます。エンジンがかかっている状態でも歩行者と扱われます。
- 駐車・・・車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること (貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)又は車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者がその車両等を 離れて直ちに運転することができない状態にあることをいいます。『継続的停止』については具体的状況に応じて判断されるもので、 五分以内の停止であっても駐車となりえます。『車両等を離れて』については、車を降りて駐車場への門を開いたり、人に道を尋ねるために降車した場合は『離れた』 ことにはならないと解されています。
- 停車・・・車両等が停止することで駐車以外のものをいいます。貨物の積卸しで五分以内のものや、人の乗降のための停止で、 運転者が直ちに運転できる状態をいいます。
- 徐行・・・車両等が直ちに停止することができるような速度で進行すること。時速何キロ以下というような明確な基準はありませんが、概ね時速10キロ以下のケースでないと、徐行と認められないことが多いようです。
- 路側帯・・・歩道の設けられていない道路又は道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられた帯状の道路の部分で、 道路標示によって区画されたもの。歩道が設けられている側の道路標示は『車道外側線』といいます。
- 歩車道の区別のある道路・・・歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯と車道との区別のある道路のことをいいます。 『歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯』とは、概ね1m以上の幅員のある路側帯を想定しています。
- 交差点の範囲・・・どこからどこまでが交差点なのかが、過失割合を決める上で重要になる場合があります。 交差点の範囲の決定の方式には、側線延長方式、始端結合方式、始端垂直方式、車両衝突推定地点方式の4つがあります。それぞれに長所短所があるので、 その交差点の形状において最も合理的といえる方式で範囲を決定するとよいでしょう。
- 優先道路・・・①道路標識による指定があるもの、②中央線または車両通行帯が交差点の中まで連続して設けられているものとがあります。
- 明らかに広い道路(広路)・・・明らかに広いといういい方は客観性に欠けます。そのため「明らかに広い」といえるかどうか、争いになる場合があります。 基準ではありませんが、概ね二倍の差があれば、明らかに広いといっていいものと思われます。それより差が小さなものについては、判例などを参考にして決めていく ことになるでしょう。
- 幹線道路・・・車の交通量の多い国道や県道など。歩道が設置されており、片側二車線以上の道路を指すことが多い。
- 横断歩道の付近・・・片側二車線以上の広い幹線道路にあっては40~50メートル以内、 それ以外の道路では概ね20~30メートル以内を、横断歩道の付近における事故とします。
- 横断歩道の直近・・・その横断歩道に信号機が設置されている場合は、片側二車線以上の広い幹線道路にあっては10メートル以内程度、 それ以外の道路では概ね5メートル以内程度を、横断歩道の直近における事故とします。1~2メートルしか離れていない場合は、横断歩道上の事故とします。
- 過失割合と過失相殺率・・・過失相殺には相対説と絶対説という考え方があり、ケースによっては過失割合(被害者:加害者を1:9などと表記)と過失相殺率(被害者の過失1割を減額などと表記)を分けて考える意義がありますが、一般的には特に区別せずにどちらかの用語が使われていることが多いようです。
参考書籍 別冊判例タイムズ16号・38号、財団法人日弁連交通事故相談センター交通事故損害賠償額算定基準、財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準、新日本法規交通事故損害賠償データファイル、自動車保険ジャーナル